2011年11月21日月曜日

ツール・ド・おきなわ2011 その3 レース後半

コースは↓
前半のレポートは↓

■高江~羽地ダム手前(4090kmくらい):
 去年の印象では普久川を上りきった後は海岸線に出てアップダウンを繰り返すものの基本的には平坦基調のはずだった。しかし実際は高江のあたりも勢いでは上りきれないきついアップダウンがあって全くの記憶違い。。。下りで脚を休められたとはいえ序盤のオーバーペースがかなり堪える。同じチームのシュレクと一緒に10人弱の集団を形成し平地はローテーション、上りで散り散りになり、下りで再結集の繰り返すも徐々に集団のペースについていけなくなってきて半泣きで離脱。向かい風の厳しい海岸線を一人で走ることに・・・。ここで30km/hくらいまでペースも落ちてしまった。

(オールスポーツさんすいませんw)
 
その後20kmくらい一人で走っていると後ろから同じ市民100kmの選手が2名、ぱっと見なんとなく走れそうな感じ。ゆっくりとパスされるときに「もうホント限界・・・」みたいなことをつぶやいていた。とりあえず後ろにはいって様子を見る、ペースは35km/hちょいなので決して悪くないが確かに脚が残ってない感じはよく分かる。「お互いきついとこですから短めのローテで!」と後ろから声を掛けさせてもらって30秒程度のローテにする。12分休んで30秒頑張る、これの繰り返し。つらいけどそれはみんな同じ、応分に頑張る。これってホントロードレースの醍醐味の楽しみの1つだと思う。これのおかげで前から落ちてきた選手を10名くらいはパスできた。


■羽地ダム~ゴール(90km~ゴール)
 羽地ダムの坂の入り口手前で市民100kmの選手を34人吸収するも上りが始まってすぐに集団は分解。もうここからは自分のペースでひたすら上るしかない。去年の経験から①最初がきつい、②トンネル抜けた後が意外と距離がある、ということは分かっている。またここまで走ってくる中でなんとなく「攣らないダンシング」ができるようになってきた。よく内転筋を攣るけれどシッティングからダンシングへの移行した直後とか踏み方をかえた瞬間がほとんど。丁寧にサドルから腰を上げて脚の筋肉には力を入れず伸ばしたまま体重を真下に下ろす、これであれば攣らない、攣りにくい気がする。

この走り方で斜度のきつい序盤をこなしてあとはシッティング。ここではハムを意識してじわっとまわす感じ。ちなみにトンネルの手前で市民210kmで優勝した高岡さんに華麗にダンシングでぶち抜かれました、気迫のこもった走りってあおういうのをいうんだな・・・もの凄かった。

そんな感じで羽地ダムのトンネルを抜け右に曲がってまた上る。ここまでくればあとちょっと。脚も戻ってきている感じがしたのでペースを上げてみる、いける、いけそう。そのまま少し無理して走り続けて先行する選手を34人パス、下りに入ってからもできる限りあおって2人くらいパス。きついけどまだなんとかなる感触をもって左に曲がり幹線道路に。 

 大通りに出たらあとは死ぬ気でまわすだけ。下ハンもってペースアップ。抜いた選手がどんどん後ろについてきて、気が付いたら10人弱になってたのでローテーションを要求、一旦脚を休めてできるか分からんラストスプリントに備える。最終コーナーを集団の先頭で抜けたので後ろを確認すると同じクラスの選手が5人いる。何気にここからは距離がある(実際2km弱ある)ので一人前に出させて番手を確保。
そこで気付いた一番重要なこと

「ところで俺のスプリント(もどき)って何mくらいもつんだろうか・・・( ゚д゚)ポカーン」
 
100km近くハードに走って疲れた脚でどれだけもがけるか・・・そんな練習してないから全然分からない。とりあえず前についていくと集団先頭の選手が「こっからこんなに距離あるのかよ~」って叫んでる(笑)すいませんが俺も前には出られませんでした・・・

  そうやって悩んでる間にラスト500m。1km以上前を引かせて最後に出るのは悪いなぁなんて考えてたらラスト300mを過ぎたあたりで後ろから2人飛び出した。慌ててサドルから腰を上げてスプリント(もどき)体制に入るもはっきり言って脚がない、攣って落車とか全然ありそうな雰囲気。でもやるしかないのでアウタートップで踏めるだけ踏む、踏みまくる。。。


  最終的には同じ集団で先にスプリント仕掛けた2名を捉えることはできず終了。ゴールラインを越えて一安心したところでスプリントごっこ勝負をした選手3名とお疲れ様の握手。あまりの走れなさに悔しさでレース中終始悔しさでいっぱいだったけど、この瞬間だけはケガもなくゴールできて一安心。気持ちが緩んだ。



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